気づけば1か月手つかず
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ソファで眠る梵ちゃん
文章を書き始めてみたら
AIへの思いが出てきて、なんだかサブタイトルが付き
こじゃれた寒い料理名みたいになった。
さて、本題に入るが内容は既にもう語りつくされているであろうし
ありきたりなものになっている。
AIによってモチベーションが失われているということだ。
本題
継続は力なり。
それはブログで収益が発生した時痛感している。
収益があるだけ本当にありがたいのだが
継続だけしていれば良い訳では無く内容が伴っていないと意味が無い。
継続して記事が更新されている。
それだけでSEO的に価値が有るというのは
ブログを始めた頃に調べた時の知識として持ち合わせている。
ただ、それももう古いのかな?という疑問もこの3年程持っている。
何故か?
誰でもAIで記事が量産出来るから。
更新頻度なんて、いくらでも手心を加えられる。
この記事がAIによって作成されたかどうかも人によっては見極めが出来ないだろうし
私自身AIに力を借りる事も0では無い。
文体でさえ、情報を食わせてプロンプトに組み込んでしまえば再現可能だ。
なんなら「AIで稼いでいる」と主張しているSNSの情報を見かける事も多い。
AIのイメージをAIに作らせた。手作業なら何時間かかるか分からないが数秒で完成だ
クラウドソーシングの記事作成案件も見かけるが
AI使用を推奨しているものまである。
もはやオリジナリティは求められていないのかもしれない。
AIの進化は目覚ましいものがあり、結婚する人まで出てきている。
寂しさを埋めてくれさえするのだ。
ただ、全てがAIに取って代わる事も無いとも言い切れない領域は有る。
口コミやレビューだ。
これはAIが0から出力することは出来ない。
過去誰かが書いた口コミやレビューを参照することは出来るし
その情報を基にした比較サイトやまとめサイトは乱立している。
ここで思うのは、その口コミやレビュー
もっと手前にあるものとして著作物の権利や
それを我が物顔で食い尽くしているAIや、AIを使用する人の倫理感について。
このまま許され続けるのだろうか?
いや、既に訴訟されている例もそれなりに有る。
便利なことは私もAIを使用していて良く分かっているが
何かを創作する、発信するとなるとそれには有害な側面も垣間見える。
そうなってくると、自分が生み出したものを
ただただ奪われたいか?と思ってしまう。
しかも、AIの為に半導体をはじめとする
様々な原料・商品が高騰、品薄に繋がっている。
NVIDIAの株価が騒がれてから久しいが
国内ではキオクシアも中々なことになっている。
(株を持っていなかったから僻んでいる訳では無い。)
個人が購入出来ていたメモリが儲けにならないから
業務用の製造に踏み切る企業の考えも分からないでも無い。
でも、ゲーミングPCとか買い替えたいし、メモリ増設したいし
これから買いたい!と思っていた人も少なくないだろう。
また、資金を使いまくってAIに投資する企業も
もう振り上げた拳を下げられないのも分かる。
分かるが・・・。
AIの発展により、人間の思考の衰退やモチベーション低下
そんな悪影響がある。
「いや、そんな悪影響無いだろう」という反論もあるかもしれない。
私がブログを書くモチベーションが超絶落ち込んでいるのは
AIの大きな所業の中の矮小な所業の1つである。
AIが世に浸透してくるまでは
このブログの閲覧数もそれなりにあって
モチベーションも維持出来ていたが
数年前から閲覧数や収益にもろに悪影響が出た。
クリエイターや著作物の今後はどうなるのか。
私のブログやyoutubeはどうなるのか。
後者は気にならないかもしれないが
AIの今後の動向は見守る、いや監視しておかなければならない。
梵ちゃんの記録はこれからも続けるし
発信もすることもあろうことかと思われるので
その際は温かく見守ってほしい。
自己満足な記事を書いた時も見守ってくだちゃい。